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のぅは魚になっても泳げない

泳げない日々の記録

水泳って嫌すぎるよ

小学5年生の頃、わたしのクラスには水泳が苦手な子が3人いた。1人はバレー部で、背が低くてかわいいひかりちゃん。もう1人はサッカー部でスポーツ万能なのに、水泳だけは全くできないかげくん。2人ともめっちゃモテててた。最後の1人がわたし、魚宮のぅ。モブキャラの気分だった。

プールは全部で7コースあって、1コースと7コースは段差があって浅くなっている。泳ぎに自信が無い人は1コース、その他の人は2〜6コースでクロールや平泳ぎの練習をしていた。

7コースは、というと、“泳ぎに自信が無い”とかではなく“全く泳げない”わたしたち3人のための特別スペースとなっており、壁に掴まってバタ足の練習をしたり、ビート板でクロールの練習をしたりしていた。かげくんは男子によくからかわれていてかわいそうだった。でもかげくん本人はあんまり気にしてなくてそれがちょっとかっこよかった。

 

 

それは夏休み前最後の水泳の時間のこと。

日差しが照りつける中で「照り焼きってこんな感じかなぁ」と思いながらしていた準備体操が終わると、先生が話し始めた。「えー、今日は最後の水泳なので………クロール25mのタイムを測ります!」

先生も変に溜めていうから、今日は最後だし自由時間だろうと思ってワクワクしていた生徒たちは絶望に打ちひしがれて、悲鳴やら嗚咽やら怒号やら断末魔でプールサイドは世紀末と見紛うほどの様相であったが、先生はそんなことお見通しだったようで、「そっか…そんなに嫌ならしょうがないな……それが終わったらあとは自由時間にしようと思ってたのになぁー」と先生が言うと、いや言い終わらないうちに、生徒は勝利の雄叫びをあげていた。みんなが「ヤッター!」「ヨッシャー!」と叫んでいる後ろで、ぽつりと呟く先生の声をわたしは聞き逃さなかった。

 

「ちなみに、25m泳げなかった人は夏休みの水泳教室に来てもらうからなー」

 

先生は確かにそう言った。心臓をアイスピックで突き刺されたような気持ちになった。生徒たちは聞こえているのかいないのかまだ騒いでいる。恐怖で固まってしまった体を無理やり動かして周りを見ると、同じく固まっているひかりちゃんとかげくんと目が合った。3人とも、少し震えていた。

冷たいシャワーを浴び、腰洗い槽に入っている間、3人でずっと「嫌だね、頑張ろうね、嫌だね、嫌だー」と言い合っていた。泣きそうなくらい嫌だった。かげくんは少し泣いていた。そのあとは出席番号順に各コースの後ろに並んでいく。

こんなかんじに。

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この時からうすうす嫌な予感はしていた。

この学校は、出席番号の前半が男子、後半が女子になっている。わたしのクラスでは1番〜17番が男子で18番〜35番が女子だ。そして恨めしいことにこのクラスには、相生さん相川さん生田さんに、池本さんと、石原さん(これがひかりちゃん)、そして上田さん2人いるため、「うおみや」と比較的早めな出席番号になるはずのわたしがなんと25番になってしまうのだ。

25番…。

上の図を見えもらえればわかると思うが、25番が泳ぐのは4コース。

 

──通称“DEATH COURSE”(デス・コース)。

 

なにも「4」だから「死」とかそんな小学生みたいなバカな理由じゃない。このプールは真ん中に行けば行くほど深くなる最悪な構造のプールなのだ。これを作った人誰?やめてよ。

最初に言った通り、1コースと7コースには段差があるためわたしでも足がつく。しかし2コースに入った途端わたしは死ぬのだ。水深が深すぎるのか、わたしの身長が低すぎるのか、そのどっちともかもしれないが、足がつかない。頭が出ない。しかも横に捕まる場所がないじゃないか。こんなの死ぬじゃん。途中で足がつったらどうするの!?青と黄色のプラスチックがついてて隙間に指とか挟まったら痛そうなへにゃへにゃロープに掴まれというの!?沈むじゃん!しかも掴まったところでどうしようもなくない!?まぁね、2コースならいいのよ、溺れそうになってもちょっと泳げば岸につくから。4コースてなに!?!?どっ真ん中じゃん!!!溺れたら“死”よ!しかもね、いっちばん深いの、4コースは。4コースを12.5m泳ぐとそこは、このプールのガチの真ん中なの。ガチの真ん中。いちばん深い&どの岸からも遠い。ここで足がつったらどうなる?考えるのが怖いよ無理だよ無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理

 

列に並んだ瞬間から、私の頭の中はこれになってた。泣いてた。もうここで泳ぐのなんて無理だから、先生にコースを変えてもらうように頼むことにした。先生と話すのも苦手だけど死ぬのよりはましだ。

 

「先生、あの……」

「お、どうした魚宮!目が赤いな!アッハッハ!」

「あの、わたし4コースになっちゃってて……ちょっと、1コースとか7コースのだれかと、交代してほしくて……」

「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!魚宮~~~~~、さては『4』イコール『死』だから怖いんだろ!大丈夫大丈夫!4コースだからって死にゃしないよ!!アッハッハッハッハ!」

 

沈めたろうかと思った。

「沈めたろうか」と言おうとした時にはもう先生は歩き出しており、「はーいみんな静かにー!」なんて言ってる。

そんな時、わたしの二つ前から見覚えのある顔がこっちを見ていた。

 

かげくんだった。

今まで自分のことで精一杯だったけど、そういえばかげくんって11番だっけ…。かげくんも4コースなんだ…。それに気づいた瞬間、今までの自分が恥ずかしくなってきた。かげくんはわたしよりも泳げないはずなのに、先生に抗議することもなく、おとなしく座っていた。体を小刻みに震わせながら。

かげくんは口パクで「が、ん、ば、れ」と言うと、親指を立てて、笑って、すぐに前を向いてしまった。

かげくんの目は赤くて、潤んでいたけど、いちばんいい笑顔だった。かげくんも身長は高くなく、4コースで泳ぐのは怖いはずなのに、わたしにがんばれって、グーってしてくれた。

これは絶対がんばんなきゃいけねーな、と思って、覚悟を決めた。

そういえば、と思って右を向くと、出席番号22番のひかりちゃんがめっちゃニヤニヤしながらこっちを見ていた。そのニヤニヤは、わたしだけ1コースで羨ましいだろーというものなのか、さっきのわたしとかげくんのやりとりを冷やかすものなのか分からなかったが、とりあえずしかめっ面で返しておいた。

 

「それじゃそろそろ始めるぞー!もう一度言うけど25m泳げなかったら夏休みの水泳教室に出てもらうからなー!」

先生が叫ぶと3人の間に緊張が走る。夏休み中に水泳なんて、そんな馬鹿なことできるか。絶対に回避しなくては。泳いでやる。でも怖いよ。

「よーし!じゃあ1列目の人入れー!」

「いくぞー!よーい」

 

「どん!!」

 

 

 

 

─────────

 

 

 

 

いっちにーさんしー、ごーろくしちはち

にーにっ、さんしー、ごーろくしちはち

 

プールサイドから整理運動の掛け声が青空へ抜けて行く。五年生最後の水泳が終わった。

あの後ずっと恐怖で震えていたが、水に入った瞬間、さっきの「がんばれ」って言ったかげくんの顔が思い浮かんで急に心が落ち着いた。でも体は震え続けていてその恐怖と安堵のバランスが良かったのか知らないが、いつの間にか泳いでいて、気づいたら25m泳ぎきっていた。途中、真ん中らへんで目を開けてしまい怖かったのを覚えている。絶対に足がつかない、という状況が逆に諦めずに泳げる要因になったのかもしれない。

先生やクラスメイトにたくさん褒められた。

ひかりちゃんとかげくんは残念ながら2人ともアウトだった。終わったあとずっと泣いてて、わたしは「夏休みに水泳ってめっちゃ嫌よね、嫌すぎるよ」って言ってずっと慰めてた。けど2人に「のぅちゃんだけずるい、裏切り者!」って言われてそんな…と思った。

 自由時間を満喫したクラスメイト達と、すっかり大きくなった入道雲だけが笑っていた。

 

〜後日談〜

3人の中でわたしだけ神回避した水泳教室の日、プールのフェンスの前を歩いてたらちょうどかげくんがいて、目が合ったから、わたしは測定の日にかげくんがしたように、「が、ん、ば、れ」って口パクで言って👍ってしたんだけど、かげくんは泣きそうな顔でこっちを見るだけで、そんな…と思ってると向こうからひかりちゃんがきて、「あっ!裏切り者ののぅちゃんだ!あっかんべー!👅」ってしたから、そんなぁ………と思った。

 

「これがきっかけでかげくんとひかりちゃんが付き合ったりしたら嫌だな…」「こんなことなら25m泳げない方がよかった」「てかなんであの日だけ泳げたんだ」

そんなことを考えながらとぼとぼ帰った。帰り道でQooの小さいりんごジュースを自販機で買ったのを覚えている。

そういえば、Qooの小さいりんごジュースを飲んだのはこのときが最後かもしれない。小さいジュースって割高だし。

 

 

中学生になって、わたしがかげくんに告白するのはまた別の話。