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のぅは魚になっても泳げない

泳げない日々の記録

夏の初日

連日の雨が嘘みたいな青空、土曜日の朝。レースのカーテンから差し込む光が眩しくて目が覚めた。時刻は8時半だった。

ぼやけた頭で階段を降り、顔を洗って、歯を磨く。洗面台は脱衣所にあり、鏡越しに寝起きの自分と浴槽がみえる。朝の浴槽って、どうしてこんなに白いんだろう、といつも思う。今日の浴槽は特別白かった。

 

トーストしたパンと目玉焼き、そしてサラダと牛乳という、めちゃくちゃ丁寧な生活っぽい朝ごはんを食べる。パンも目玉焼きも焦げてるし、サラダはドレッシングかけすぎちゃって全然丁寧な生活ではないけど。パンにはマーガリンとはちみつをかけて食べた。おいしい。

にじいろジーンの水族館の特集を見ながら朝ごはんを食べていると、とつぜん窓から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンジジジジジジジジジジ ジ ジ ジ …………

 

えっ…?耳を疑った。その声はほんの10秒ほどで終わり、すぐにもとの静けさを取り戻した朝の住宅街で、わたしはしばらく動けなくなっていた。あ、あれは、あれって……クマゼミの鳴き声?

えっもう蝉が鳴いてるの??もしかして、いま夏???????

 

わたしは食器を片付け、もう一度クマゼミの鳴き声を聞くために、窓辺に座って食後の歯磨きを始めた。さっきのは空耳だったかもしれないと心のどこかで思っていたのだが、再びシャンシャンシャンシャンという鳴き声が聞こえてきたとき、「やっぱり夏だ!!」と確信して、嬉しくて嬉しくて、おー!という歓声をあげて笑顔になってしまった。

鳴いているクマゼミは一匹だけのようだった。たった1匹で一生懸命鳴きながら、「なつがきたよ!なつがきたよ!」とみんなに知らせているように聞こえた。

 

 

セミの声を聞きながら、「“夏にだけ稼働するアカウント”をつくったら楽しいかもしれない」という考えが頭に浮かんだ。毎年、夏になったら動くアカウント。何年分、何十年分の夏“だけ”が蓄積されたアカウントってとっても素敵ではないだろうか。

セミが鳴き始めた日にツイートを始め、セミが鳴かなくなった日にツイートを止める。いわば夏休みの宿題の一行日記みたいなアカウント。

やりたい!!!!!!すぐ飽きてやめちゃうかもしれないけど、それでも今はやりたい気持ちでいっぱい!!!!!!!!!

 

ということで作りました。アカウント名は @natsu_no_nikki です。よろしくお願いします。

 

 

このアカウントを作るのに午前中のほとんどを費やしてしまった。主にプロフィール画像やヘッダーを選ぶのに時間がかかった。結果よく分からないのになってしまった。わたしは物事を始めるときに力みすぎてしまう癖がある。よくない。気楽にゆるゆると続けるのが一番いい。そうなりたい。難しいけど。

 

 

今日は初めてのセミの鳴き声の他にも夏を感じる出来事がいくつかあった。

一つ目はわたしがバイトしているコンビニにて、午後6時頃のこと。店内のゴミ箱に溜まったゴミを店舗裏のゴミ置き場に持っていくために、自動ドアをくぐって外に出ると、まとわりつく暑さが気にならないほど目の前の光景に見入ってしまった。

世界の全部が、黄色い。いや、黄色いというよりも色褪せているという方が近い。雲が、建物が、空気が、全部がセピア色になっていたのだ。古い映画みたいに。

きっと夕日のせいで景色がオレンジっぽく見えたのだと思うけど、なんだか思い出の中に入ってしまったような泣きたいような気分になってしまった。自然たちが夏の訪れを祝うパーティーをしていたのかもしれない。

空気が湿っていて、ムッとしていて、懐かしい感じがした。

 

 

二つ目は今年最初の夏の夕暮れから戻ってきた一時間後。同じシフトのお姉さん(そう呼ばないと怒られる)がレジから外を見ながら「なんだか降り出しそうね〜」と言っていた。確かにさっきまでオレンジ色だった雲が暗くなっている。と、思った途端、ザアアアアアアア!!!!!!!!!!!!と雨が降り出してびっくりした。あのお姉さんは予言者、もしくは最強の雨女なのか?などと思いながら急いで足ふきマットと傘立てと「滑りやすくなっています」の看板を取り出す。

マットを自動ドアの前に敷いているとき、わたしの体にセンサーが反応してドアが開いて、雨の匂いとアスファルトの匂いが混ざった空気が店内に流れ込んできた。その匂いで思い出した。あ、これはただの雨じゃない、夕立だ。さっき空気が湿ってたのは夕立が来るからだったんだ。えっ夕立って、もう完全に夏じゃん!!!!!!!!!

それからわたしはずっとわくわくしていて(夏は意味もなく人をわくわくさせる力を持っている)、お客さんが入ってきて自動ドアが開く度に深呼吸をして、夕立の匂いを感じ続けていた。好きな匂いのベスト5には入るな、これは。

 

 

それから、私が帰る22時にはすっかり雨は上がっていて、「これだよこれ、夕立はこうでなくっちゃ」と幸せになった。雨上がりの夜の匂いもまた良い。街灯や信号機が洗われたみたいにキラキラしている。

自転車のハンドルやカゴは乾いていたけど、サドルが少し濡れていたので立ち漕ぎで帰った。自然と笑顔になっていた。

夜自転車に乗っていると、自分が生き残った最後の一人の人類のような気持ちになる。心地いい孤独感があるよね。涼しい風が髪と頬と半袖から伸びてハンドルを握る腕を撫でていく。立ち漕ぎができて良かったなぁ、と心から思った。

 

 

夏のはじまりは、何から何まで夏だった。

何の支度も出来ていないまま18歳最後の夏が始まっちゃった。

ただただ暑くて煩いだけの、何処にでもあるようなわたしだけの夏になればいいな。