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のぅは魚になっても泳げない

泳げない日々の記録

最後のページ

小学校に行く道を途中で曲がって、団地と団地の間を通り抜けて壊れている自動販売機のところを右に曲がると廃墟のダイソーがあるんだよ。みんなはただの潰れたダイソーだと思ってるけどわたしはひとつ気づいていることがあってね。それはね、あのね、サイコロの形にした粘土を弱めに押し潰したらたらぐにゅってなってなって、高さが低くなる代わりに横幅と縦幅が伸びてずんぐりむっくりになるでしょ?それなの。この廃墟ダイソーは他のダイソーよりもちょっとだけ低くて、そのぶん横と縦に長くて、たぶん昔は何かの倉庫だったんじゃないかなって密かに思ってるの。これはまだ誰にも言ってないから、わたしだけの秘密ね。中もすっごい広いんだよ!棚もいっぱいあってね、床と壁はコンクリートむき出しで、あれは絶対倉庫だよ!倉庫を改装してる!あっ、なんで中の様子を知ってるかっていうとね、廃墟ダイソーの裏側には灰皿とベンチがあって、たぶんたばこを吸う場所だったと思うんだけど、そこに裏口があって、開いてるかなーってガチャガチャしたらほんとに開いてたの!!

わたしは寝なくても大丈夫な病気だからさ、夜はいっつも暇なんだ。学校のトイレにずっと隠れてて夜の校舎を探検しようとしたこともあるけど、警備の人にすぐ見つかっちゃうし、それから何日かは警備の人に見つかったら負けゲームを勝手にやって、ちょっと楽しかったけど、警備の人が先生に告げ口したみたいで校長先生にいっぱい怒られて、もうできなくなっちゃった。それからはずっと夜の町を散歩して暇を潰してたけど全然楽しくなくて、そんな時に廃墟ダイソーとその入り口を見つけたんだ。本当にわくわくして、それからは毎晩そこで遊んでるの。廃墟なのに棚とか商品とかそのまんまで、もしかしたら昼間はまだやってるのかもしれないと思っちゃうくらいだった。蛍光灯も割れてなかったし。窓はなかったよ。前は倉庫だったんだから。わたしはそこで思いっきり暴れてね、すっごく気持ちよかった。棚をドミノみたいに倒したり、コップや食器を投げてバリンバリン割ったり、ぬいぐるみをハサミで切り裂いたり。店内はすぐに足の踏み場もなくなったけど、その上を走り回ったり、物に埋もれてみたり、ただ叫ぶだけでもとても楽しかったんだ。

昨日の夜もいつもみたいに廃墟ダイソーで遊んでたら、裏口から視線を感じたんだ。文房具コーナーの棚の陰からそっと覗くと、裏口から顔だけ出して店内を見回していた、同じクラスの佐藤くんと目が合ったの。佐藤くんったら、すっごくおびえた表情をしてて思わず笑っちゃった。学校ではいつも無表情なのにそんな顔もするんだなぁーって。そしたら佐藤くんも笑ってね、こっちに来て「魚宮さんって笑うんだね」って言うんだよ。それはこっちのセリフだよ!ってそう言ったら佐藤くんはまた笑ってね、「ここっていい場所だね」って。わたしはそうでしょーって言って、でもこんな夜遅くに出歩いてたら怒られるよ?しかも明日学校でしょ?って言ったらね、「実はぼく、寝なくても大丈夫な病気なんだ。だから毎晩こうやって色々探検してるの。」って。わたしは、えっ!そうだったの!?わたしもおんなじ!って言って、それからたくさんお話したんだ。探し出した大きな毛布に二人でくるまって。

そろそろ夜が明けるから帰らなきゃって言おうとしたら、先に佐藤くんに「そろそろ帰る?」って言われちゃって、ダイソーを出て二人で歩いたんだ。気がついたらいつの間にか手をつないでいて、誰かと触れ合うのなんて初めてだったけど、心が気持ちよくって、にこにこして歩いてた。

団地の前に差し掛かった時だった。佐藤くんが急に止まって、「あれ…」って言うの。なに?と思って佐藤くんの視線の先、団地の方を見たらわたしも固まってしまった。この辺りには五階建ての団地が何棟もあって、今はまだ夜なので明かりが点いている部屋はなくって、階段だけが蛍光灯に静かに照らされているんだけど、前から三列目の一番端っこの棟の階段の電気だけ点いていなくて、真っ暗だったの。

シーン…という音が聞こえるほど静かな夜の中、一棟だけ死んだように暗い団地を見ていると佐藤くんが「行ってみようよ」って突然大きめの声で言うからびっくりしたし、言っている内容にもびっくりした。わたしが、絶対にいやだよ!だめ!って言うと佐藤くんは「そうだよね、あっそういえば犬の散歩しないといけなかった!先帰るね、ばいばい」って言って帰って行っちゃった。佐藤くんって犬飼ってたんだー、うん、じゃあねって言ってわたしも帰った。

 

今日学校に行くと佐藤くんは来てなくて、あぁやっぱりあの後団地に行ったんだ…と思った。先生や友達は佐藤くんが休んだことに対して何も言ってなくて冷たいなと思った。この日記を書いてるうちにもう夜になったので、今からあの団地に行ってこようと思います。佐藤くんはきっとそこにいるから。じゃあまたね。