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のぅは魚になっても泳げない

泳げない日々の記録

夏の初日

連日の雨が嘘みたいな青空、土曜日の朝。レースのカーテンから差し込む光が眩しくて目が覚めた。時刻は8時半だった。

ぼやけた頭で階段を降り、顔を洗って、歯を磨く。洗面台は脱衣所にあり、鏡越しに寝起きの自分と浴槽がみえる。朝の浴槽って、どうしてこんなに白いんだろう、といつも思う。今日の浴槽は特別白かった。

 

トーストしたパンと目玉焼き、そしてサラダと牛乳という、めちゃくちゃ丁寧な生活っぽい朝ごはんを食べる。パンも目玉焼きも焦げてるし、サラダはドレッシングかけすぎちゃって全然丁寧な生活ではないけど。パンにはマーガリンとはちみつをかけて食べた。おいしい。

にじいろジーンの水族館の特集を見ながら朝ごはんを食べていると、とつぜん窓から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンジジジジジジジジジジ ジ ジ ジ …………

 

えっ…?耳を疑った。その声はほんの10秒ほどで終わり、すぐにもとの静けさを取り戻した朝の住宅街で、わたしはしばらく動けなくなっていた。あ、あれは、あれって……クマゼミの鳴き声?

えっもう蝉が鳴いてるの??もしかして、いま夏???????

 

わたしは食器を片付け、もう一度クマゼミの鳴き声を聞くために、窓辺に座って食後の歯磨きを始めた。さっきのは空耳だったかもしれないと心のどこかで思っていたのだが、再びシャンシャンシャンシャンという鳴き声が聞こえてきたとき、「やっぱり夏だ!!」と確信して、嬉しくて嬉しくて、おー!という歓声をあげて笑顔になってしまった。

鳴いているクマゼミは一匹だけのようだった。たった1匹で一生懸命鳴きながら、「なつがきたよ!なつがきたよ!」とみんなに知らせているように聞こえた。

 

 

セミの声を聞きながら、「“夏にだけ稼働するアカウント”をつくったら楽しいかもしれない」という考えが頭に浮かんだ。毎年、夏になったら動くアカウント。何年分、何十年分の夏“だけ”が蓄積されたアカウントってとっても素敵ではないだろうか。

セミが鳴き始めた日にツイートを始め、セミが鳴かなくなった日にツイートを止める。いわば夏休みの宿題の一行日記みたいなアカウント。

やりたい!!!!!!すぐ飽きてやめちゃうかもしれないけど、それでも今はやりたい気持ちでいっぱい!!!!!!!!!

 

ということで作りました。アカウント名は @natsu_no_nikki です。よろしくお願いします。

 

 

このアカウントを作るのに午前中のほとんどを費やしてしまった。主にプロフィール画像やヘッダーを選ぶのに時間がかかった。結果よく分からないのになってしまった。わたしは物事を始めるときに力みすぎてしまう癖がある。よくない。気楽にゆるゆると続けるのが一番いい。そうなりたい。難しいけど。

 

 

今日は初めてのセミの鳴き声の他にも夏を感じる出来事がいくつかあった。

一つ目はわたしがバイトしているコンビニにて、午後6時頃のこと。店内のゴミ箱に溜まったゴミを店舗裏のゴミ置き場に持っていくために、自動ドアをくぐって外に出ると、まとわりつく暑さが気にならないほど目の前の光景に見入ってしまった。

世界の全部が、黄色い。いや、黄色いというよりも色褪せているという方が近い。雲が、建物が、空気が、全部がセピア色になっていたのだ。古い映画みたいに。

きっと夕日のせいで景色がオレンジっぽく見えたのだと思うけど、なんだか思い出の中に入ってしまったような泣きたいような気分になってしまった。自然たちが夏の訪れを祝うパーティーをしていたのかもしれない。

空気が湿っていて、ムッとしていて、懐かしい感じがした。

 

 

二つ目は今年最初の夏の夕暮れから戻ってきた一時間後。同じシフトのお姉さん(そう呼ばないと怒られる)がレジから外を見ながら「なんだか降り出しそうね〜」と言っていた。確かにさっきまでオレンジ色だった雲が暗くなっている。と、思った途端、ザアアアアアアア!!!!!!!!!!!!と雨が降り出してびっくりした。あのお姉さんは予言者、もしくは最強の雨女なのか?などと思いながら急いで足ふきマットと傘立てと「滑りやすくなっています」の看板を取り出す。

マットを自動ドアの前に敷いているとき、わたしの体にセンサーが反応してドアが開いて、雨の匂いとアスファルトの匂いが混ざった空気が店内に流れ込んできた。その匂いで思い出した。あ、これはただの雨じゃない、夕立だ。さっき空気が湿ってたのは夕立が来るからだったんだ。えっ夕立って、もう完全に夏じゃん!!!!!!!!!

それからわたしはずっとわくわくしていて(夏は意味もなく人をわくわくさせる力を持っている)、お客さんが入ってきて自動ドアが開く度に深呼吸をして、夕立の匂いを感じ続けていた。好きな匂いのベスト5には入るな、これは。

 

 

それから、私が帰る22時にはすっかり雨は上がっていて、「これだよこれ、夕立はこうでなくっちゃ」と幸せになった。雨上がりの夜の匂いもまた良い。街灯や信号機が洗われたみたいにキラキラしている。

自転車のハンドルやカゴは乾いていたけど、サドルが少し濡れていたので立ち漕ぎで帰った。自然と笑顔になっていた。

夜自転車に乗っていると、自分が生き残った最後の一人の人類のような気持ちになる。心地いい孤独感があるよね。涼しい風が髪と頬と半袖から伸びてハンドルを握る腕を撫でていく。立ち漕ぎができて良かったなぁ、と心から思った。

 

 

夏のはじまりは、何から何まで夏だった。

何の支度も出来ていないまま18歳最後の夏が始まっちゃった。

ただただ暑くて煩いだけの、何処にでもあるようなわたしだけの夏になればいいな。

水泳って嫌すぎるよ

小学5年生の頃、わたしのクラスには水泳が苦手な子が3人いた。1人はバレー部で、背が低くてかわいいひかりちゃん。もう1人はサッカー部でスポーツ万能なのに、水泳だけは全くできないかげくん。2人ともめっちゃモテててた。最後の1人がわたし、魚宮のぅ。モブキャラの気分だった。

プールは全部で7コースあって、1コースと7コースは段差があって浅くなっている。泳ぎに自信が無い人は1コース、その他の人は2〜6コースでクロールや平泳ぎの練習をしていた。

7コースは、というと、“泳ぎに自信が無い”とかではなく“全く泳げない”わたしたち3人のための特別スペースとなっており、壁に掴まってバタ足の練習をしたり、ビート板でクロールの練習をしたりしていた。かげくんは男子によくからかわれていてかわいそうだった。でもかげくん本人はあんまり気にしてなくてそれがちょっとかっこよかった。

 

 

それは夏休み前最後の水泳の時間のこと。

日差しが照りつける中で「照り焼きってこんな感じかなぁ」と思いながらしていた準備体操が終わると、先生が話し始めた。「えー、今日は最後の水泳なので………クロール25mのタイムを測ります!」

先生も変に溜めていうから、今日は最後だし自由時間だろうと思ってワクワクしていた生徒たちは絶望に打ちひしがれて、悲鳴やら嗚咽やら怒号やら断末魔でプールサイドは世紀末と見紛うほどの様相であったが、先生はそんなことお見通しだったようで、「そっか…そんなに嫌ならしょうがないな……それが終わったらあとは自由時間にしようと思ってたのになぁー」と先生が言うと、いや言い終わらないうちに、生徒は勝利の雄叫びをあげていた。みんなが「ヤッター!」「ヨッシャー!」と叫んでいる後ろで、ぽつりと呟く先生の声をわたしは聞き逃さなかった。

 

「ちなみに、25m泳げなかった人は夏休みの水泳教室に来てもらうからなー」

 

先生は確かにそう言った。心臓をアイスピックで突き刺されたような気持ちになった。生徒たちは聞こえているのかいないのかまだ騒いでいる。恐怖で固まってしまった体を無理やり動かして周りを見ると、同じく固まっているひかりちゃんとかげくんと目が合った。3人とも、少し震えていた。

冷たいシャワーを浴び、腰洗い槽に入っている間、3人でずっと「嫌だね、頑張ろうね、嫌だね、嫌だー」と言い合っていた。泣きそうなくらい嫌だった。かげくんは少し泣いていた。そのあとは出席番号順に各コースの後ろに並んでいく。

こんなかんじに。

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この時からうすうす嫌な予感はしていた。

この学校は、出席番号の前半が男子、後半が女子になっている。わたしのクラスでは1番〜17番が男子で18番〜35番が女子だ。そして恨めしいことにこのクラスには、相生さん相川さん生田さんに、池本さんと、石原さん(これがひかりちゃん)、そして上田さん2人いるため、「うおみや」と比較的早めな出席番号になるはずのわたしがなんと25番になってしまうのだ。

25番…。

上の図を見えもらえればわかると思うが、25番が泳ぐのは4コース。

 

──通称“DEATH COURSE”(デス・コース)。

 

なにも「4」だから「死」とかそんな小学生みたいなバカな理由じゃない。このプールは真ん中に行けば行くほど深くなる最悪な構造のプールなのだ。これを作った人誰?やめてよ。

最初に言った通り、1コースと7コースには段差があるためわたしでも足がつく。しかし2コースに入った途端わたしは死ぬのだ。水深が深すぎるのか、わたしの身長が低すぎるのか、そのどっちともかもしれないが、足がつかない。頭が出ない。しかも横に捕まる場所がないじゃないか。こんなの死ぬじゃん。途中で足がつったらどうするの!?青と黄色のプラスチックがついてて隙間に指とか挟まったら痛そうなへにゃへにゃロープに掴まれというの!?沈むじゃん!しかも掴まったところでどうしようもなくない!?まぁね、2コースならいいのよ、溺れそうになってもちょっと泳げば岸につくから。4コースてなに!?!?どっ真ん中じゃん!!!溺れたら“死”よ!しかもね、いっちばん深いの、4コースは。4コースを12.5m泳ぐとそこは、このプールのガチの真ん中なの。ガチの真ん中。いちばん深い&どの岸からも遠い。ここで足がつったらどうなる?考えるのが怖いよ無理だよ無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理

 

列に並んだ瞬間から、私の頭の中はこれになってた。泣いてた。もうここで泳ぐのなんて無理だから、先生にコースを変えてもらうように頼むことにした。先生と話すのも苦手だけど死ぬのよりはましだ。

 

「先生、あの……」

「お、どうした魚宮!目が赤いな!アッハッハ!」

「あの、わたし4コースになっちゃってて……ちょっと、1コースとか7コースのだれかと、交代してほしくて……」

「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!魚宮~~~~~、さては『4』イコール『死』だから怖いんだろ!大丈夫大丈夫!4コースだからって死にゃしないよ!!アッハッハッハッハ!」

 

沈めたろうかと思った。

「沈めたろうか」と言おうとした時にはもう先生は歩き出しており、「はーいみんな静かにー!」なんて言ってる。

そんな時、わたしの二つ前から見覚えのある顔がこっちを見ていた。

 

かげくんだった。

今まで自分のことで精一杯だったけど、そういえばかげくんって11番だっけ…。かげくんも4コースなんだ…。それに気づいた瞬間、今までの自分が恥ずかしくなってきた。かげくんはわたしよりも泳げないはずなのに、先生に抗議することもなく、おとなしく座っていた。体を小刻みに震わせながら。

かげくんは口パクで「が、ん、ば、れ」と言うと、親指を立てて、笑って、すぐに前を向いてしまった。

かげくんの目は赤くて、潤んでいたけど、いちばんいい笑顔だった。かげくんも身長は高くなく、4コースで泳ぐのは怖いはずなのに、わたしにがんばれって、グーってしてくれた。

これは絶対がんばんなきゃいけねーな、と思って、覚悟を決めた。

そういえば、と思って右を向くと、出席番号22番のひかりちゃんがめっちゃニヤニヤしながらこっちを見ていた。そのニヤニヤは、わたしだけ1コースで羨ましいだろーというものなのか、さっきのわたしとかげくんのやりとりを冷やかすものなのか分からなかったが、とりあえずしかめっ面で返しておいた。

 

「それじゃそろそろ始めるぞー!もう一度言うけど25m泳げなかったら夏休みの水泳教室に出てもらうからなー!」

先生が叫ぶと3人の間に緊張が走る。夏休み中に水泳なんて、そんな馬鹿なことできるか。絶対に回避しなくては。泳いでやる。でも怖いよ。

「よーし!じゃあ1列目の人入れー!」

「いくぞー!よーい」

 

「どん!!」

 

 

 

 

─────────

 

 

 

 

いっちにーさんしー、ごーろくしちはち

にーにっ、さんしー、ごーろくしちはち

 

プールサイドから整理運動の掛け声が青空へ抜けて行く。五年生最後の水泳が終わった。

あの後ずっと恐怖で震えていたが、水に入った瞬間、さっきの「がんばれ」って言ったかげくんの顔が思い浮かんで急に心が落ち着いた。でも体は震え続けていてその恐怖と安堵のバランスが良かったのか知らないが、いつの間にか泳いでいて、気づいたら25m泳ぎきっていた。途中、真ん中らへんで目を開けてしまい怖かったのを覚えている。絶対に足がつかない、という状況が逆に諦めずに泳げる要因になったのかもしれない。

先生やクラスメイトにたくさん褒められた。

ひかりちゃんとかげくんは残念ながら2人ともアウトだった。終わったあとずっと泣いてて、わたしは「夏休みに水泳ってめっちゃ嫌よね、嫌すぎるよ」って言ってずっと慰めてた。けど2人に「のぅちゃんだけずるい、裏切り者!」って言われてそんな…と思った。

 自由時間を満喫したクラスメイト達と、すっかり大きくなった入道雲だけが笑っていた。

 

〜後日談〜

3人の中でわたしだけ神回避した水泳教室の日、プールのフェンスの前を歩いてたらちょうどかげくんがいて、目が合ったから、わたしは測定の日にかげくんがしたように、「が、ん、ば、れ」って口パクで言って👍ってしたんだけど、かげくんは泣きそうな顔でこっちを見るだけで、そんな…と思ってると向こうからひかりちゃんがきて、「あっ!裏切り者ののぅちゃんだ!あっかんべー!👅」ってしたから、そんなぁ………と思った。

 

「これがきっかけでかげくんとひかりちゃんが付き合ったりしたら嫌だな…」「こんなことなら25m泳げない方がよかった」「てかなんであの日だけ泳げたんだ」

そんなことを考えながらとぼとぼ帰った。帰り道でQooの小さいりんごジュースを自販機で買ったのを覚えている。

そういえば、Qooの小さいりんごジュースを飲んだのはこのときが最後かもしれない。小さいジュースって割高だし。

 

 

中学生になって、わたしがかげくんに告白するのはまた別の話。

 

5月27日の日記

夜、雨のあがった町を自転車で走った。不完全な夏の夜の空気を鼻で感じた。街灯の白い光が霞んで見えて、雨上がりだからかなと思ったけど、メガネの汚れのせいだった。メガネを外してシャツで拭いて掛けると、いつも通りの光に戻ったけど、汚れたままの方が綺麗だった。

目が悪いと景色を2種類の見え方で見ることが出来て、そんな時は目が悪くて良かったと思ってしまう。今までで一番感動したのは花火だった。近視の裸眼で見る花火はまるで星が降っているみたいだった。ぼやけた視界では遠近感もおかしくなって、自分の頭上に色とりどりの光の玉が落ちてくるように見えた。赤や黄色、緑などそれぞれの独立した色たちが滲んではぼやけて重なり合って、頭上で溶けていく、そんなパレードが何度も繰り返された。

あとは夜景とか車のテールライトとかが写真の玉ボケみたいになって綺麗だし、メガネやコンタクトをつければ解像度の高い夜景も楽しめてかなり良いので、みなさんも目を悪くしてみてはいかがでしょうか。

 

今日はsteamのダウンロードと登録をして、ずっとやりたかったOneShotというゲームをしました。猫みたいな主人公が旅をするゲームなのですが、グラフィックが美しいし、システムがすごいし、まだ序盤しかしてませんが良いゲームであることは間違いないです。980円で買えます。

 

あと唇の内側にできた口内炎が痛くて、同じところを食事のたびに何度も噛むから腫れまくってやべーです。歯ブラシの毛が当たって痛くて歯磨きするのもひと苦労です。口内炎って一つあるだけで数週間のテンションを爆下げするのですごいですね。患部にはちみつを塗ったんですけど塗った後にネットで調べたらあんまり良くないらしくて最悪でした。

まぁ甘くて美味しかったのでいいや。今日の夜ご飯の時は一度も噛まなかったのでこの調子。早く治れーーー!!!!!

 

あと5月29日締切のレポートをしないといけないのにやる気が出なくて困っています。締切直前にならないとやる気が出ないの嫌すぎる(直前とは締切の6時間前とか)。これ書いてからやります…………………………。

 

今日の夜空は真っ黒な画用紙にトレーシングペーパーを重ねたらこう見えそうだ、というような色でした。白くなった黒色。灰色ではない。

日が落ちたあとの19時の空は青くて夜明けみたいで、雀が鳴いていたし、朝かと思いました。嘘とかじゃなく本当に朝だと思った。マジです。

疑わないでよ。

初夏

夏が来るのが嫌すぎる。夏には概念のままでいて欲しかった。冬の夜中に不意に蘇る夏の空気が、記憶の中でのみ存在する夏の青さが、そういうのが好きだったんだよ。リアルの夏なんてちっとも楽しくないし暑いだけだし蝉の声なんて煩いばかりで、白すぎる昼下がりが、気持ち悪いくらい気持ちいい夜の風が、いたずらに僕の胸を締め付けて涙を絞り出そうとするからもうここには居られなくて自転車のカギだけを握りしめて玄関を飛び出し半袖半ズボンの少年みたいな格好で汚れたクロックスを履いてバカみたいに自転車を漕いで彷徨ってこんな行動に意味なんてないのは分かってるけどこうでもしないとやってられないんだよ夏なんて。

 

どうして夜空を飛ぶ飛行機の音がこんなにもよく聞こえるんですか。いつから窓を開けて寝るようになったんですか。あんなに気持ちのよかった羽毛布団が邪魔で仕方ありません。朝は明るすぎるし夜は暗すぎるし一体いつ生きればいいんでしょうね。これも全部夏だからですか。夏ってもっと輝いていませんでしたか。夏ってこんなもんでしたっけ。ちっとも輝いていませんね。もういいよそれならこっちから輝かせてやるよと、こないだ海に行ってきました。足が疲れてお腹が空いただけでした。

 

お腹が空いたのに海の近くにはなんにもお店がなかったのでお腹が空きすぎて海がきれいとかそれどころではありませんでした。道路沿いに立っていた地図を見ると、ここから2キロ先の橋の近くにラーメン屋さんがあるみたいだったのでそこに行ってみることにしました。リュックの中にはぬるくなったソルティライチとチョコ入りのマシュマロが9個だけ。こんなにお店がないと知っていたなら来る前にコンビニで5個入りの丸くて小さいクリームパンを買ってたのに…と思いながら歩きました。マシュマロって全然お腹にたまらなくてガブガブ食べてたらいつの間にか残り2個になっていました。1個食べて、でも全然お腹にたまらないからすぐに最後の1個を食べて、もう無くなった……と落ち込みながらも歩き続けたらやっと橋が見えてきました。

 

橋を渡ると、道の左側にそれはありました。思っていたよりも小さい建物で、普通の一軒家みたいな形をしていました。県内では有名なチェーン店なのですが、全体的に薄暗く、車が1台も止まっておらず、もしかして定休日かも、と不安になりましたが、駐車場の入口の看板についている黄色い回転灯がくるくる光っていたのでどうやらやってはいるみたいでした。窓には日が差し込むからかブラインドが降りていて、そのせいで薄暗いのかもしれませんが、なんだか中からじっと見られているような気がしてなかなか敷地内へ入れませんでした。人通りは全くなくて、辺りは静かで、風が夏草を揺らす音が聞こえました。【ラーメン】【ギョーザ】【つけ麺】などと書かれたのぼり旗が静かに靡(なび)いてました。黄色い回転灯が一人でくるくると回っていました。

別のところに行こうかとも思いましたが、この辺に他に飲食店なんて無さそうだったので、2分くらい様子を伺って、よし、と小さく声に出し、勇気を出して玄関の方へ歩いていきました。玄関の左右には花壇がありましたが、何も植わっていませんでした。小さい段差を上がり、手書きで【引く】と書かれた扉をおそるおそる引くと、扉に付いた鐘がカランと鳴って、奥の方からいらっしゃいませ、とおばあさんの声が聞こえました。その声で緊張が一気に解けたのを覚えています。

 

入ってすぐ正面にカウンターがあり、誰もいないと思っていたのに、男の人が一人で新聞を読みながらラーメンを食べていました。入口の右側にテーブル席、左に座敷があって、外から見ると小さかったのに中は意外と広くて、ドラえもんひみつ道具みたいだと思いました。どこに座ろうかなと店内を見渡して、突然ですがわたしは椅子よりも座敷に座って食べる方が好きで、でも一人で座敷を占領するのは迷惑なのでいつもはカウンターで食べているけど、今日はあの人以外にお客さんはいないみたいだし、とちょっとわくわくして4人用の座敷へ行きました。靴を脱いでリュックを置いて奥の窓側の座布団に正座をしてから、ふう、と一息をつきました。いつもは家族や祖父祖母と一緒に座る広い座敷に1人で座るのは、なにかいけないことをしているような、じんわりとした恥ずかしさと興奮があって、これはなんでもない日にハーゲンダッツを買ったときの感情に似ているな、と思いました。座敷の近くに厨房への入口があって、そこから背の低いおばあさんがお盆を持ってゆっくりと出てきました。お盆にはお水とメニューが乗っていて、わたしは姿勢を正してそれを受け取ると、おばあさんは「決まったらお呼びください」と、ゆっくりと言って、戻っていきました。わたしは「はい」と言って頷きましたが、ちゃんと声が出ていたか分かりませんでした。なぜか息が詰まって、一度もおばあさんの顔を見れませんでした。

 

メニューを手に取って開いた時、外からスズメの鳴き声が聞こえました。ラーメン屋さんとは思えないほど静かでした。そこで初めて、店内にBGMがかかっていないことに気が付きました。聞こえるのは男の人がラーメンを啜る音と、新聞が擦れる音、厨房の奥から小さく聞こえるスポーツ中継の声、あとは外の鳥の声だけです。静かすぎる気がしましたが、でもこのラーメン屋さんにはBGMがかかっていないのがとても似合っていると思いました。メニューを軽く見た後に、お店ののぼり旗を見た時からぼんやりと決めていた、つけ麺の並盛りを頼むことにしました。「すみません」と言っておばあさんを呼んで、「つけ麺の並盛りをひとつください」と向こうのお客さんを気にして小さめの声で言うと、おばあさんは「はい、つけ麺の並ね」とゆっくりと言って、戻っていきました。おばあさんが戻ったあとに、また顔を見ることが出来なかった、と少し悔やんで、次は絶対顔を見てありがとうございますって言おうと決めました。

 

注文を待っている間、窓から外の山と空を見たり、来た時から窓に止まっている全然動かない小さな黄色い蛾を見ていたり、お腹が空く前に撮った海の写真を見直したりしていました。厨房の方からおばあさんの声の他におじいさんの声が聞こえたので、夫婦でやっているのかなと思いました。持ってきた本を読んでいると、おばあさんがつけ麺を持ってきてくれて、顔を見るって決めていたのに、運ばれてきたつけ麺があまりに美味しそうで見とれてしまい、つけ麺を凝視しながら小声でありがとうございます…って言ったらおばあさんは「ごゆっくり」と言って戻っていっちゃって、気づいた時には後ろ姿しか見れませんでした。あーもう!最後のお会計の時には絶対顔を見てお礼を言う!と心に誓って、それにしてもこのつけ麺は本当に美味しそうで、思ったよりも多い麺の上には半分に切られた半熟のゆで卵とメンマが6,7本とチャーシューが乗っていて、つけダレはキラキラしていてあぁ早くあれをこれにつけて食べたい!!!ってもう我慢できませんでした。

 

箸が割り箸とプラスチックの再利用できるやつがあって、ちょっと迷ってプラスチックの方にして、いただきます、と言ってさっそく食べると、もう麺はもちもちで歯ごたえが良く、つけダレは甘くて辛くて奥が深い味をしていて麺とタレがよく絡んで堪らない!一生これを食べ続けたいと思いながら噛んでいました。ネギが味にアクセントをつけていて、メンマもシャキシャキで味が染みてて卵もトロットロで黄身と麺のコラボレーションが病みつきになります。チャーシューは最後に取っておいたのですがこれが大正解でしつこくないけれど香ばしい肉の旨みが口から溢れてこれと麺とつけダレだけで生きていける気がしました。最大限にお腹が空いていたせいかもしれませんが、今まで食べたつけ麺の中では絶対に一番美味しかったです。

この味を忘れまいと味わって心に刻みながら食べ、食べたあとも余韻でしばらく目を瞑っていました。味の余韻に浸りきったあとに、なんだかごちそうさまをするのが寂しくて、ぼーっと店内を見回していると、いつの間にか男の人が帰っていたことと、厨房の出入口の横に小さい本棚があって、その上に今日行った海の写真集が立ててあるのに気が付きました。見たい、という気持ちが抑えられず、おばあさんに「あの本を見てもいいですか」と聞こうと思ったけど、見てもいいから置いてあるんだろうしなんか聞くのも恥ずかしくて、席を立って靴を履いてトイレで手を洗ってから、勝手に見ることにしました。写真集には、春夏秋冬の順に海の風景やその周りの景色が収められていて、とても綺麗だったけれど勝手に見ているという罪悪感が頭をチラついて、パラパラと見ただけで元に戻してしまいました。あの時勇気を出して一言でいいから声をかけておけばもっと気持ち良くじっくりと見れたのに、と今でも思います。その後は、食べ終わったのにこれ以上いるのも変な気がして、もしかしたらおばあさんも早く食器を片付けたいと思っているかもしれないと考えて、お店を出ることにしました。

 

リュックを背負って財布を持って立ち上がると、それに気づいたおばあさんが先にレジのところへ行ってくれました。今度こそ目を見てお礼を言うと決めていたのに、いざおばあさんを前にすると自然と下を向いてしまい、全然顔を見れません。「720円です」という柔らかいおばあさんの声が耳に染みるのを感じながら、財布から1020円を取り出して渡すと、おばあさんはシワだらけの小さな手で受け取って、暗算で300円をわたしに渡しながら、「ありがとうございました」と、ゆっくり言いました。あぁこのままでは顔も見れないままお礼も言えないまま二度と会えなくなってしまう、そんな恐怖が恐ろしいスピードで湧き上がり、自分のしょうもない羞恥心に包丁を突き立ててやりたくなって、そのまま勢いに任せて全てを懸けて「すごく美味しかったです!ありがとうございました!」と言ったのだけど、やっぱり自分はどうしようもなくて、実際に口から出た言葉は「あの、美味しかったです…」だけだったし、しかもちょうどそれにかぶせておばあさんが「またお越しくださいませ」って言ってお辞儀をしていて、もう何もかも上手くいっていませんでした。

多分おばあさんは何も聞こえてないだろうな、声もきっと小さかったし、なんで自分は感謝の気持ちすら伝えられないんだろう、そう思ってもう帰ろうとしたとき、おばあさんが顔を上げて、「ありがとう」と、ゆっくりと、しっとりとした声で言いました。初めて見るおばあさんの顔は、とても優しい顔でした。真っ黒な瞳に、蛍光灯の光が反射して、小さなラーメン屋さんの中でキラキラと光っていました。真っ黒な、宝石のような目でした。わたしはそれをずっと見つめていました。途方もないほど長い時間を生き続けた人だけが持つ何かをその目は持っていて、それを惜しみなくわたしに見せつけてくれていました。今にも溢れ出しそうな真っ黒な瞳を見つめるのにもう耐えられなくなって、わたしは頭を下げてありがとうございましたと言って、お店を出ました。鐘が小さくカランと鳴って、扉が閉まりました。

 

川沿いにある無人の小さい駅に向かいながら、おばあさんのあの目のことばかり考えていました。なんだか泣き出しそうな目だったな、と思うのは良くないことだろうか、と思っていました。厨房から声だけ聞こえたおじいさんには会えなかったな、というのと、本当にわたしの声は聞こえていたのだろうか、ということも考えていました。

歩きながら、あのラーメン屋さんとその夫婦がずっと続きますようにといった内容の歌を即興で歌っていると、涙が溢れて止まりませんでした。最初に右目から零れた時は嬉し泣きだっけ、悲し泣きだっけ、と頭の片隅で思いながら、泣きながら歌い続けました。

今も、これからも、あのお店と、そこで暮らすおじいさんとおばあさんがずっと続いていますように。またいつか、夏が嫌になった時にでも来ますので、その時はよろしくね。

 

 

おじいさんにも会いたいし、写真集もまたゆっくり見たいので。

 

最後のページ

小学校に行く道を途中で曲がって、団地と団地の間を通り抜けて壊れている自動販売機のところを右に曲がると廃墟のダイソーがあるんだよ。みんなはただの潰れたダイソーだと思ってるけどわたしはひとつ気づいていることがあってね。それはね、あのね、サイコロの形にした粘土を弱めに押し潰したらたらぐにゅってなってなって、高さが低くなる代わりに横幅と縦幅が伸びてずんぐりむっくりになるでしょ?それなの。この廃墟ダイソーは他のダイソーよりもちょっとだけ低くて、そのぶん横と縦に長くて、たぶん昔は何かの倉庫だったんじゃないかなって密かに思ってるの。これはまだ誰にも言ってないから、わたしだけの秘密ね。中もすっごい広いんだよ!棚もいっぱいあってね、床と壁はコンクリートむき出しで、あれは絶対倉庫だよ!倉庫を改装してる!あっ、なんで中の様子を知ってるかっていうとね、廃墟ダイソーの裏側には灰皿とベンチがあって、たぶんたばこを吸う場所だったと思うんだけど、そこに裏口があって、開いてるかなーってガチャガチャしたらほんとに開いてたの!!

わたしは寝なくても大丈夫な病気だからさ、夜はいっつも暇なんだ。学校のトイレにずっと隠れてて夜の校舎を探検しようとしたこともあるけど、警備の人にすぐ見つかっちゃうし、それから何日かは警備の人に見つかったら負けゲームを勝手にやって、ちょっと楽しかったけど、警備の人が先生に告げ口したみたいで校長先生にいっぱい怒られて、もうできなくなっちゃった。それからはずっと夜の町を散歩して暇を潰してたけど全然楽しくなくて、そんな時に廃墟ダイソーとその入り口を見つけたんだ。本当にわくわくして、それからは毎晩そこで遊んでるの。廃墟なのに棚とか商品とかそのまんまで、もしかしたら昼間はまだやってるのかもしれないと思っちゃうくらいだった。蛍光灯も割れてなかったし。窓はなかったよ。前は倉庫だったんだから。わたしはそこで思いっきり暴れてね、すっごく気持ちよかった。棚をドミノみたいに倒したり、コップや食器を投げてバリンバリン割ったり、ぬいぐるみをハサミで切り裂いたり。店内はすぐに足の踏み場もなくなったけど、その上を走り回ったり、物に埋もれてみたり、ただ叫ぶだけでもとても楽しかったんだ。

昨日の夜もいつもみたいに廃墟ダイソーで遊んでたら、裏口から視線を感じたんだ。文房具コーナーの棚の陰からそっと覗くと、裏口から顔だけ出して店内を見回していた、同じクラスの佐藤くんと目が合ったの。佐藤くんったら、すっごくおびえた表情をしてて思わず笑っちゃった。学校ではいつも無表情なのにそんな顔もするんだなぁーって。そしたら佐藤くんも笑ってね、こっちに来て「魚宮さんって笑うんだね」って言うんだよ。それはこっちのセリフだよ!ってそう言ったら佐藤くんはまた笑ってね、「ここっていい場所だね」って。わたしはそうでしょーって言って、でもこんな夜遅くに出歩いてたら怒られるよ?しかも明日学校でしょ?って言ったらね、「実はぼく、寝なくても大丈夫な病気なんだ。だから毎晩こうやって色々探検してるの。」って。わたしは、えっ!そうだったの!?わたしもおんなじ!って言って、それからたくさんお話したんだ。探し出した大きな毛布に二人でくるまって。

そろそろ夜が明けるから帰らなきゃって言おうとしたら、先に佐藤くんに「そろそろ帰る?」って言われちゃって、ダイソーを出て二人で歩いたんだ。気がついたらいつの間にか手をつないでいて、誰かと触れ合うのなんて初めてだったけど、心が気持ちよくって、にこにこして歩いてた。

団地の前に差し掛かった時だった。佐藤くんが急に止まって、「あれ…」って言うの。なに?と思って佐藤くんの視線の先、団地の方を見たらわたしも固まってしまった。この辺りには五階建ての団地が何棟もあって、今はまだ夜なので明かりが点いている部屋はなくって、階段だけが蛍光灯に静かに照らされているんだけど、前から三列目の一番端っこの棟の階段の電気だけ点いていなくて、真っ暗だったの。

シーン…という音が聞こえるほど静かな夜の中、一棟だけ死んだように暗い団地を見ていると佐藤くんが「行ってみようよ」って突然大きめの声で言うからびっくりしたし、言っている内容にもびっくりした。わたしが、絶対にいやだよ!だめ!って言うと佐藤くんは「そうだよね、あっそういえば犬の散歩しないといけなかった!先帰るね、ばいばい」って言って帰って行っちゃった。佐藤くんって犬飼ってたんだー、うん、じゃあねって言ってわたしも帰った。

 

今日学校に行くと佐藤くんは来てなくて、あぁやっぱりあの後団地に行ったんだ…と思った。先生や友達は佐藤くんが休んだことに対して何も言ってなくて冷たいなと思った。この日記を書いてるうちにもう夜になったので、今からあの団地に行ってこようと思います。佐藤くんはきっとそこにいるから。じゃあまたね。

 

 

冬の夜とお守り

もしかしたら小学5年生の冬に死んでたかもしれない。

その頃わたしは不登校で、ずっと家でチャレンジ5年生をしたり、本を読んだりしていた。1週間に1回、家にカウンセラーの人が来て他愛ない話をしたり、お菓子を食べたりした。わたしはその人が来るのが憂鬱で、「人に会いたくないから学校に行ってないのになんで人が来るんだ…」といつも思っていた。

ある日、カウンセラーの人が帰ったあとに気持ちが荒れまくってしまった。理由は覚えていないけど、多分もう嫌になったんだろうね。家に人が来るのも、意味の無い話をするのも、学校も、自分を心配する親も、全部。

机の上の教科書やノートを全部床に投げ落とした。そして蹴った。踏んだ。破った。机を叩いた。鉛筆を折った。椅子を倒した。ランドセルを蹴った。引き出しの中身も全部ひっくり返して散らかした。ランドセルのお守りが千切れているのに気がついた。こんな状況の中でも平気な顔で学業成就を祈っているお守りに心底腹が立って、落ちていたハサミでお守りを切った。縦に1回、横に2回ハサミを入れて、お守りはただの6つの欠片になった。つまらなかった。もう終わりだと思った。こんなに部屋がぐちゃぐちゃだから。ドアの前でお母さんが泣いているから。妹と弟が怯えているから。祖父の不眠症が酷くなるから。無理して笑う祖母の顔をもう見たくないから。

自分が泣いていることに気がついた。手の平から血が出ていた。どこかで切ったのだろう。痛みはなかった。もう、本当に終わりだと思った。死ぬことにした。

そうと決めてからは早かった。

まず部屋を片付けた。破れた教科書とノートを棚にしまった。ランドセルを掛けた。椅子を立て直した。ゴミはちゃんと捨てた。お守りはセロハンテープで修理した。お守りを切ったことを少し後悔した。引き出しもきちんと戻した。

部屋が片付いた。

 

家の近くには5階建ての団地がある。団地の階段に鍵や扉は無く、誰でも入れることをわたしは知っていた。5階から飛び降りようと思っていた。

 

部屋を出ようとした時、この前みんなから貰った手紙をまだ読んでいなかったことを思い出した。学校を休んでいる自分へ、クラスのみんなが一人一枚ずつ書いた手紙だった。本当に、本当にどうでもよかったんだけど、ほんの少しだけRくん(その時好きだった人)がなんて書いているのか気になって、どうせ死ぬし読んでおこうと思った。

ランドセルの中に仕舞っていたそれを取り出す。名簿順になっていたので18枚目だけを捲って読む。

そこには、「のぅちゃんがいないからぼく図書委員の任事ぜんぜんしてないから早く来ていっしょにしようね」ってだけ書いてあって、いや図書委員の仕事ちゃんとしろよとか、仕事の「仕」間違ってるしとか、名前を書かない癖はそのままだねとか、これを書いたらわたしが来ると思ったのかなとか、色々考えると面白くて自然と笑っていた。(Rくんへ:図書委員の仕事を押し付けてごめんね、ありがとう)

わたしがこのまま死んじゃったらRくんは一生図書委員の仕事しないまんまなんだろうなーって思うと可笑しくて、号泣した。

お母さんが部屋に入ってきて抱きしめてくれて、結局その日はそのまま寝て、次の日も学校には行かないで、家でチャレンジ5年生と読書と散歩をした。昨日のことは夢だったのかもしれないと思った。

 

実はあの時切ったお守りをまだ持っていて、それを見る度にあの夜のことを思い出してしまう。あの時Rくんの手紙を読まなかったら死んでたのかなとか、多分お母さんに止められてただろうなとか、でも気づかれずに家を出れたら死んでいただろうなとか、色々考える。

でもまぁ今は素敵な音楽はあるし、美味しいものもあるし、楽しみなこともあるし、楽しいこともあるし、これからどうなるかはわからないけど多分大丈夫だから、とりあえずこのまま生きていようかなという気持ちです。

 

もうじき夏も来るしね。

 

赤い紐/愛

赤い紐

小学生の頃、近所に住んでいた二人のお姉ちゃんと一緒に登下校をしていた。合唱部に入っていた二人はいつも歌いながら歩いていて、わたしはそれを聴いていた。楽しかった。二人は歌うことが心から好きだから歌っていたのかもしれないし、わたしがあまりにも喋らないせいですぐに沈黙してしまい、それが嫌で歌っていたのかもしれない。でも歌っている理由なんてどうでもよくなるほどに二人の歌声はとても柔らかく、春みたいだった。

「こんなに沢山の歌を知っていてすごいな、いいな。わたしも4年生になったら絶対合唱部に入って歌をいっぱい覚えよう。」

あの頃は確かにそう思っていたのだが、4年生に進級してからは結局両親が小学時代やっていたからという理由でバスケ部に入った。5年生の時に学校に行かなくなって、バスケ部も自然に辞めた。

二人のお姉ちゃんはわたしが3年生の時に卒業と同時に引っ越して、それ以来一度も会っていない。

 

卒業式を間近に控えたある日、お姉ちゃんが「大人になっても残ってるといいね」と言って、通学路の途中にある金網に、たまたま持っていた赤いあやとりの紐を結びつけて笑った。それからそこを通る度に赤い紐を見るのが習慣になった。それがほどけない限りお姉ちゃんたちとも繋がっている気がした。今思うと結婚指輪に似ている。結婚したことないけど。

何ヶ月も風雨にさらされ続けた赤い紐は次第にボロボロになっていったが、それでもほどけなかった。紐を引っ張ると金網と紐が擦れ合いギュイッギュイッと鳴って、それが少し嫌だった。日に焼けて色が抜け、ほとんど白になってしまった紐が逆に嬉しかった。わたしも真似して紐を結んでみようかと思ったけどやめておいた。思い出はひとつで十分だから。

中学生になり、その道を通らなくなり、覚えるべきことが増え、覚えたいことも増えて、紐のことは次第に忘れていった。

 

 

この前久しぶりに地元へ戻った時、当時の通学路を辿って景色の違いを楽しんでいたら、紐とそれに纏わる思い出が走馬灯のように浮上してきた。

あれから7年近く経ってるし多分もう無くなっているだろうな、という諦めの気持ちとは裏腹に、体はすでに走り出していた。心拍数が上がる。顔が赤いのがはっきりと分かる。暑いのはきっともうすぐ春が終わるからだ。好きな人と待ち合わせをしている時と同じ表情になってしまう。この角を曲がると金網がある、という場所まで来て、急に足が止まってしまった。

もし、もし紐が無かったらどうするんだろう。いやいや、どうもしないよ、無かったね、そりゃそうだよねって思うだけ。何も変わらない、今まで忘れてたんだからさ、思い出さなかったことと同じだよ。期待しちゃダメ、いつもみたいに、風景を楽しむような格好で、視界の端の金網の隅に赤い紐を見つけるか、何も無くてそのまま通り過ぎるか、どっちかなんだから。大丈夫、よしGO!!

自分にそう言い聞かせ、角を、曲がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには、何も無かった。赤色も、紐も、金網も、その向こうに建っていた物置みたいな小さな小屋も、小屋の窓に映るはずの自分の姿も、何も無かった。

ただ、草と空だけがあった。

足元には金網の基礎だったコンクリートが並んでいた。

 

わたしはまだ大人になんてなれていなかった。

 

 

 

生活リズムが終わりを迎えている。アルバイトの時間帯が日によってバラバラで、朝の6時から昼過ぎまでの日と、夕方から夜の10時までの日がランダムに来るのが原因だ。でも今年は抑えめにしないと年収103万超えてしまうので(去年は5月末から入ったので稼ぎまくっても大丈夫だった)、週2〜3日は休みがあって意外とゆっくり生きれている。

普段寝ている時間に起きていたり、起きている時間に寝ていたりすると知らなかった世界の表情に触れることがある。

朝の浴室が病的に白いこと。午前5時でも星は見えるし、ベランダの冷たさは本物だったこと。投函される新聞の音に静寂を知ること、眠いのに寝ない夜の、心臓と目と脳が無理をしている感覚。口が渇いている。夜の風はもう夏なこと、朝と夜では街の匂いが恐ろしいほど違うこと。晴れた日の14時に昼寝をする瞬間は微笑んでいること、18時に目が覚めた時の気だるさと汗は思い出になること。

夜が落ちるのを、空が白むのをただただ眺めているのがこんなにも幸せだということ。

進路なんて知らないし、将来の夢とか気持ち悪いし、どうやって生きればいいのか全然分からないけど、こうやって自然を愛して愛でて愛おしんでいるだけではいけないのですか。明日死んでも構わないから。